| 「Yume De Iikara」 Ayumi Ishida(Only music) |
| 「夢でいいから」
いしだあゆみ
このシングル盤は、'68年6月10日にリリースされた、A面は、「太陽は泣いている」、B面は、「夢でいいから」が収録。
この「夢でいいから」は、筒美京平が創った音楽界に燦然と輝く名曲中の名曲(作詞は、林 春生)、チャートの第18位にランクされセールスは未把握。
※この楽曲は、伊東ゆかり、小林麻美、南 沙織、浅田美代子等々がカヴァーしています。
いしだあゆみ(本名:石田良子)は、'48年3月26日に長崎県佐世保市で四人姉妹の次女として誕生し大阪府池田市出身。
※長女は、グルノーブル・オリンピック代表選手(フィギュア・スケート)の石田治子。三女は、東芝音楽工業から「悲しみのアリア」でデビューした石田ゆり。引退し、なかにし礼と結婚。
'62年頃から梅田コマ劇場の舞台出演などと並行して作曲家のいずみたくの門下生に。
最初のレコーディングは、本名で「コダマ・ヒット・バレード」というタイトルのフォノシート盤にカヴァー楽曲の「子供じゃないのよ」です。
その後も、フォノ・シート盤を何枚かレコーディングし、
'64年4月にいしだあゆみの名で日本ビクターから師匠が創った「ネェ、聞いてよママ」でデビュー。
※日本ビクター時代にシングル盤を23枚リリースしているが、全くヒットしなかった。が、テレビ・ドラマ『七人の孫』やCMソング等々のテレビ・タレントとして活躍。
心機一転を図るべく、
'68年に、日本コロムビアに移籍し、
6月10日に「太陽が泣いている」がヒットし同年12月25日にリリースした「ブルー・ライト・ヨコハマ」がミリオン・セラーとなる大ヒット。
※移籍して、泉 明良ディレクターと出会ったのが良運であり且つ、大作曲家の筒美京平と大作詞家の橋本 淳が、いしだあゆみの第1期黄金時代を支えたのは間違いない事実!
'73年に東宝から公開された小松左京著作の『日本沈没』に出演しその後次第に歌手としての活動を遠ざけ女優へと転向
※筒美京平の原点であるドリーミーで蕩けるようなサウンドの名曲!『サウンドインS』の、エンディング・ソングとしても有名。
そして、大瀧詠一が創ったあの名曲「夢で逢えたら」と双璧の、ドリーミー・サウンドの最高峰! |
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| Uploaded: April 27, 2008 at 2:25 am |
| Author: SHARKStmatsu |
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| Length: 00:03:10 |
| Rating: 5.00 |
| Views: 8548 |
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| Tags:
Ayumi
Ishida
いしだあゆみ
サウンドインS
北の国から
七人の孫
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